なめろうさん日記

日々のことを細々と綴るブログ

台風に興奮する少年時代

 

台風3号が上陸しましたね。

 

私の地元も例に漏れず大雨で、バイト中、窓から外を覗くと、大粒の雨が地面を叩いていた。

 

さて、こういう時に思い出すのは、少年時代のことである。

 

台風だとか大雨の日になると、あえて傘をささずに外に出て元気いっぱいに遊ぶ。普段は友達の家に集まってゲームなんかしてる癖に。

そして全身ずぶ濡れで帰ってきて親に叱られる。

 

そんな時代があった人、多いんじゃない?

台風が来る度に「T.M.Revolutionごっこ」がTwitterで流行ったりもしたし。

 

なんで大雨は少年心をくすぐるのだろう。

あの頃の私は、台風で大雨が降るときは家の中で漫画を読みながら風雨の音を聴くのが好きだった。

「あ、風強い。ゴウゴウ言ってる」そんな具合に。なぜだか、謎の特別感に包まれて興奮していた。

安全な家の中から眺める非日常。そういうのが楽しいのかもしれない。

 

今日の話に戻す。

 

バイトが終わった時も、外はまだそこそこまとまった雨が降っていた。今日は自転車。

いつもなら、ついていないなあ…なんて憂鬱な気持ちで自転車を漕ぎ出すのだが、今日はなんだか楽しかった。

 

ずぶ濡れになって自転車を全力で漕ぐ。濡れた街が街頭の光を反射して、そこかしこがキラキラと輝いている。テンションが上がる。

間違いなく、あの頃の興奮した気持ちが蘇っていた。台風マジックだ。

私は今も少年のまま。大人の階段はどのくらい登れているだろうか。

ファッションメンヘラに告ぐ

 

自称・メンヘラが嫌いだ。

※メンヘラ…メンタルヘルスの略称。病んでる人。

 

あくまで個人の見解を話そう。だから、議論の余地は無い。読み流してください。

 

 

メンヘラは、病んでる人のことである。主に若い男女。手首を切ったりするし、自殺願望があったりもする。

恋人関係になると非常にメンドクサイ、最悪の場合ストーカーじみた行為にまで走る狂気的な存在だ。

 

しかしそこまでなってしまうのには理由がある。

彼らは愛されたいのだ。ただそれだけ。

 

だから、いくら「病んでる」とはいえ、とは根本的に違う。自殺願望があったりするところは似ているが。

 

 

これがメンヘラの定義。少なくとも、自分の周りではこんな感じ。

 

 

そんなメンヘラに、1個だけ言わせてくれ。

 

「メンヘラ」を自称する奴はなんなの??????

 

お前ら絶対「メンヘラである自分」に酔ってるだろ。

愛されたいってお前…家庭に事情があって「愛されなかった」人は別として、お前は両親のいる恵まれた家庭に生まれただろ。何を言ってんだ。

 

根本的に違うとは述べたが、鬱もメンヘラも共通して、自主的になるもんじゃない。何か事情があって、心に大きなストレスを抱えた結果がソレなだけだ。自主的になってる奴がいたら、ソイツはアホ

 

本当に鬱やメンヘラなら、気軽に「俺(私)、鬱(メンヘラ)だからさ」とか言わない。

だから、メンヘラを自称する連中は、メンヘラと呼ぶに相応しくない

 

だから、私はメンヘラが嫌いだ。

 

 

ただの個人に対する悪口みたいになってしまった。不快にさせたら申し訳ない。

 

あと、個人的には、メンヘラは「若い男女」がなるものだと思ってる。思春期を過ぎて大人に近づく過程の、一種の階段みたいなもの。

だから、三十路近い(あるいは過ぎてる)メンヘラは、マジでやべえなって思う。頑張ってください。

フィルムカメラはエモい

 

去年の暮れに、一念発起してフィルムで撮影する一眼レフカメラを買った。所謂「アナログ」な一眼だ。

 

私が使っているのは、PENTAXのMEというモデル。

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こんなやつ。3~40年前のもの。

 

ネットオークションにて5000円ほどで落としたものだが、状態もよく、何不自由なく動く。良いカメラだ。

 

さて、こんなカメラで写真をパシャパシャと撮って、現像に出してみた。写真はキ〇ムラでデータ化してCD-ROMに入れてもらった。1100円。高いが致し方ない。

 

撮った写真がこちら。(地元バレしそうだ)

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エモい。

 

※エモい…「エモーショナル」を形容詞化したスラング。感情を揺さぶられる気持ち。

 

やや褪せた色彩、高すぎない画質。

写真の下手さを加味してもなお、「いいね」と思えてしまう。

 

もう一枚いこう。

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こちらは浅草で撮った写真。

 

うーん。エモい。

 

こちらも独特の色彩がある。

デジタル一眼レフで撮っても加工すれば「ぽく」なるかもしれないが、この味はなかなか、フィルム一眼レフならではの写りだろう。

 

 

いかがだろうか。

 

フィルムカメラ、なかなか良いものでしょ。

 

コレをたまたま読んで、なんとなく興味の出た人は写ルンですを買って写真を撮りに出かけてみてほしい。いい被写体がないかと、少し用心深く歩きながら。

 

いきなりフィルム一眼レフを買ってみるのもありだ。私はそうした。5000円で本格的なものが買えるからね。(写ルンですは1個あたり700~1000円ほど)

ただ、こちらは基本的にネットオークションで買うことになると思う。不具合のあるものを引いてしまうかもしれないので要注意。

 

 

夏になり、色々なものの色彩が強くなる季節だ。

また写真を撮りに出かけて、エモい写真を撮りたいなあ。

 

ついでに古着を買いに行くために、高円寺とか下北沢とか行きたい。

それでは。

今日も世界は廻る

 

人が亡くなったという話を聞くたびに、それでも明日は来るし世界は廻っていくんだなあ、と感じる。

 

その人がどれだけ偉大であったり、慈愛に満ちていたり、人から好かれていたり、あるいはどこまでも腐っていたとしても、関係ない。

 

時間が経てば世界には明日が来るし、世界は何も知らないよと言うように、静かに、いつも通りに廻ってゆく。

 

世界という果てしなく大きい存在は、まるで時間そのものを司っているようだ。

 

自分の大切な人が死んだとき、一緒に世界も死んでゆく。そんな世界があったら、幸せかもしれない。悲しみを背負わなくていいから。

 

そんなことを思っていた。

コンプレックス

 

コンプレックス。

外面的・内面的に、人間なら誰しも抱えるものだろう。

 

例えば私は「鼻が低い」のが外面的なコンプレックス。自分の容姿が100%美しいと思う人は早々いないので、こういった悩みは普遍的に存在していると言える。

 

一方で、内面的、つまり心のコンプレックスもある。私の悩みはこっち。

深刻な悩みは、内面的なコンプレックスが多いのではないだろうか。統計とってないし知らんけど。

 

性格であったり、ちょっとした言葉遣いや立ち振る舞い…といった自分の要素をコンプレックスとして認識している人はどれくらいいるのだろう。

さらに言えばその内容。どういった部分にコンプレックスを感じているのか。気になるが…割愛する。

 

私のコンプレックスは、「賢くない」ところ。

考えが深い部分にまで及ばないのだ。目先の利益に囚われる。そして失敗を起こす。

 

この前、親に「ボンクラだ」と言われて激昂したものの、否定はできなかった。なぜならボンクラだから。

 

じゃあ賢くなるためにはどうすればいい?

…わからない。本でも読もうと思って読書に励んでいるものの、それで付くのは知識と語彙だけで、臨機応変な知恵ではない。

 

あ〜何も考えたくないな〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

(少し前の下書きに付け足して書いたものなので文章が雑)

気づけば

 

3週間ぐらい更新してないじゃないか。

 

習慣化というものは本当に難しい。

習慣化したい「なにか」を自分の生活の中に自然に存在するものにまで落とし込む必要がある。

 

ふとそれを忘れると、せっかく目の前にあった「習慣化」という感覚が、遠いところまでいってしまう。

 

毎日じゃなくていいから更新はしよう。

文を書くのは好きなんだ。

インディーズロックの虜

 

以前、こういう記事を書いた。

「自分がロックに対して飽きたのか、それともロックのほうがつまらなくなったのか」という問い。

 

考えてみた結果、別にロックそのものがつまらなくなったわけではないと気づいた。

同時に、インディーズバンドの魅力にも気づいた。

 

「インディーズバンド」という言葉を聞きなれない人もいるだろうから補足しておくと、インディーズバンドとは「メジャーレーベルに所属していないバンド」つまり「インディーズレーベルに所属しているバンド」のことである。

 

要するに、単純に広告力の差があるだけの話。メジャーレーベルのエイ〇ックスにはデカく広告する金があって、インディーズレーベルにはその金が無い、ということ。それだけだ。

 

広告力があればその分民衆の目につく。民衆の目につく、ということは同時に話題になりやすい、流行りやすいということに繋がるのだ。

 

しかし「流行りやすい」ということは所謂「民衆ウケ」が必須になってくる。こうなると、メジャーバンドの音楽性は民衆寄りになってポップスっぽくなり、つまらなくなっていく。

これが私が「ロックがつまらない」と思った原因。

 

話をインディーズに戻す。

広告力の低いインディーズバンドは、そこそこ音楽が好きで色々聴くタイプの人をファンに付ける。

だから、彼らの音楽性は多種多様。ファンに寄せることはほぼ無い。やたらと難しく尖っていたり、やたらとユルかったり。

 

インディーズロックの魅力はここだ。

自由なのだ。音楽が。

様々なエッセンスを1曲に盛り込み、この曲でのし上がってやろうという気持ちが分かる。

 

だから私はメジャーよりインディーズを好んで聴く。インディーズはどこか泥臭いかもしれないが、私はそういう部分が好きなのかもしれない。

 

これがインディーズロックの魅力だ。

 

YouTubeを覗いてみると、MVが再生回数10000~100000回程度のインディーズバンドがごろごろ居る。居すぎるくらいだが…。

 

興味があったら、ぜひそのうちの1曲だけでも聴いてみてほしい。あなたの知らない音楽の脈動を感じることができるかもしれない。

 

インディーズ、おすすめです。