なめろうさん日記

日々のことを細々と綴るブログ

日本のムダな礼儀よ

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親からポストに入れてくれと渡されたハガキ。宛名を見ると、「〇〇行」に二重線を引いて「〇〇御中」と書き直されていた。

 

これは受験やら就職だとかその他の場面でよく見られるものだが、私にはこれの必要性が全く理解できない。

これをもって「礼儀」とするの、すごくムダじゃないですか?

 

そもそもそんなところを見て「あー、礼儀がなってるな」って分かるの?その「御中」二文字で送り主の人間性は見えるの?

 

本当にくだらない。

親にこんなのはおかしいと言ったら「そういうものだから」と一蹴。

つまり理由なんて無いんだよ、もはや。

 

サムネイルの「名刺を渡す作法」も、無駄多くない?

かしこまる必要はあったとしても、それだけでいいじゃないか。

 

なんで日本人はこんなしょうもない「儀礼的」なことにこだわって生きているんだろう。

儀礼的」というのは、心のこもっていない「礼儀」だと思う。ただのルーティン。別にあってもなくても変わらないんだよ。

 

納得がいかない。

俺もこんなくだらない社会に囚われて生きていかなきゃいけないんだと思うと辟易する。

 

直らない労働環境、保育園ひとつで文句を挙げる矮小な奴ら、政権批判しか能のない野党、技術力を軽視する経営者たち、中国や韓国の技術力の追い上げ。

そしてそれらを無視して日本スゴイ!」を煽るクソメディア。

全部嫌いだよ。「日本死ね」と言われる原因はひとつじゃない。

 

 

ああ、海外に住みたい。

 

ちゃんと英語を勉強しよう。世界でも通用するスキルってなんだろう、見つけよう。

 

 

やりたいことが見えてきた気がする。

地続きの人生

 

私事ですが、先日20歳になりました。

(このブログ私事しか書いてねえ。私事ですが、という言葉を使いたかっただけ)

 

20歳って本当にすごくて、たくさんの方に祝ってもらって、ホクホクした気持ちでいっぱい。人生でいちどきり。

 

まあそんな話は程々に、20歳になって思ったことをひとつ。

 

「あー、なんにも変わんねえな」

以上。

 

詳しく話そう。

やっぱり20歳っていうのは大きな節目で、日本では酒もタバコも解禁されるし、なにより「大人」として扱われるようになるボーダーラインなわけだ。

 

いまから丁度10年前、小学校で「二分の一成人式」というのをやったことを覚えている。みんなもやった?

当時の自分は、たった10年の人生ですら途方もなく長かったように思えて、大人までこれから先10年もかかるのかあ、と。20歳になった時に「大人」として切り替わるのかな、なんて漠然と思っていた。

 

しかし実際に20歳になって感じたのは、冒頭にあるよう「なんにも変わんねえな」ってこと。

10代の頃からの考えとか、好きな物とか、将来に対して何もビジョンを抱いてないところとか。何も変わっちゃいない。

大人としての自覚は芽生えるどころか「子供」という甘えに縋りつこうとする始末。それも10代の頃と一緒。切り替わるなんてとんでもない。全部10代から地続き。

 

あー、こんなもんなのか、20年生きるって。

俺が20歳になったところで世界は変わらないし、世界の見え方も変わらない。自分すら何も変わっちゃいない。それどころかまず「20歳になったよ」って実感が湧かないもん。

 

だから、人生は地続き。なにか変わったものがあったところで、それが自分を劇的に変えるなんてことは無いよ。スルスルと進んでいくだけ。

「こういうきっかけで人生変わりました!」なんて言うのは、そもそもその人の適正が人生で意識無意識問わず培われていたって話。

 

俺はこれからもそんなことを思いながら生きていくのかな。それもまた、地続きってわけか。

 

自分の将来を考えるなんて無理だな。どんな仕事に就くんだろう。

とんでもない出会いがあれば自分は変わるかな。大富豪から職を貰う、的な。

 

それも「子供の甘え」だなー。

 

だめですね。

学校が来い

 

ンア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

夏休みが終わる。てか終わった。

 

ついに学校が始まってしまう。夏休みってあっけねぇ…

 

行きたくねー!

 

稼いだ金は定期代に消え貴重な時間は通学時間に消え周りのウェイを見て精神はすり減っていく(大学に友達がいないので)

そんな毎日が始まろうとしている。

 

すんごい憂鬱、というわけではないけど、やっぱり夏休みっていうのは楽だし楽しいし、馴染みの仲間と遊べてそれなりに幸せな毎日を過ごしたわけで。このまま生きていきたいと思ってしまうのが学生の性だよね。

 

それでもってさ、

うちの大学、家から遠いんですわ。
我が家、駅から遠いんですわ。

 

わざわざ家から遠い大学を選んだのは俺自身だから、大学の場所にケチをつけるのはお門違いなわけだけど。

家から近い私大はキツめのFランだし、だからといって国公立に手が届くほど偏差値は高くなかったし。

 

端的に言うと、俺が学校に行くのではなく、学校にこっちに来てほしいですわ。

ただ講義受けるだけだしさ…。教授が小難しいこと喋っているだけの90分間なんて、このご時世じゃ映像でも足りるわけじゃん。映像授業なんてのもあるし。なんでわざわざ通わせるのよ。

 

 

そういえば…去年の秋学期に俺と仲良くしてくれたHくん、元気かな。見た目メチャクチャ普通の大学生だし音楽やってるわけでもないのに、聴く音楽がコテコテのファンクだったな。

できることなら彼とまた授業を受けたいなあ、なんて思う夜です。

 

 

まあないものねだりばかりをしても仕方ないよね。普通に学校に行くよ。

さっきヒカキンの動画見て無性にペヤングが食べたくなったので、明日のお昼はペヤングにしよう。それを楽しみに学校へ行こう

 

 

おやすみなさい。

書いてた記事が丸ごと突然消えたのでこのまま投稿します

 

 

「目医者」と言うと笑われる

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今日はこれから歯医者に行って虫歯治療をしてもらう。

もうハタチだよって言うのに「虫歯治療」ってダサいね。

 

さて、今日は「〇医者」という呼び方について。

 

私は小さい頃から、眼科のことは「目医者」と呼んでいた。多分親がそういう呼び方してたからだと思う。

しかし大きくなるにつれ、私が「今日は目医者行く」などと言うと、「なにそれw 眼科でしょw」と笑われることが多くなった。

 

私はこれに納得がいっていない。

なぜなら、前述した通り、「歯医者」「歯医者」であって「歯科」とは呼ばれないから。

 

「内科」「整形外科」「〇医者」とは呼べそうにないし、例えば「肛門科」「ケツ医者」と呼ぶのも語感が悪い。

ケツ医者って何だよ。掘られそう。

 

しかし、「眼科」は別。「目医者」という呼び方は「歯医者」と同じ語感で話せるし、何ら問題はないはずだ。なぜ笑われなくちゃいけないんだ。

 

俺はそういうのよくないと思うんだ。

マジョリティがマイノリティを排斥する世界の一端を見ている気がするよ。

そうやって人が「こう呼んでいる」というものをいちいち笑いものにしたり否定するなんて、、まるで「君はオカシイ」と言っているようなものじゃないか!!!わかってるのか!!!!

 

おかしいじゃないかー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

失礼しました。ひとりで論点ずれて熱盛してしまいました。

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書いて満足したので歯医者行きます。さようなら。

 

プラスマイナスはマイナス

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たまたま行ったショッピングモールに、私の好きな服のブランドの店があることを知った。

やったぜ!

 

アパレル店員をやってる友人に、可愛い服のブランドを教えてもらった。

やったぜ!

 

デレステ(アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ)SSRが当たった。

やったぜ!

 

メルカリに出品してからしばらく売れなかった、要らないエフェクターがようやく売れた。

やったぜ!

 

ふと目をやると、TSUTAYAのDVD(昨日…つまり5日が返却期限)を返し忘れていることに気づいた。

 

 

 

 

やっちまったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

そんなわけで、深夜にTSUTAYA、これから行きます。

多分、返却日翌日の開店前までならセーフだったと思う…これで延滞金取られたら、人間辞めよう

 

※追記…返却日翌日の正午まで大丈夫でした。ゆったり返却とか書いてあった。アホくさ。

 

こんなにいいことが続いたのに、1日の最後にひとつマイナスがあるだけで、まさかここまで残念な気持ちになるとは…。

 

プラスマイナスはマイナス。ゼロにはならない。

今日の格言です。

 

できることなら、もう寝たい。

 

 

おはようございます。(錯乱)

 

「ダサい」のは「背伸びのしすぎ」

 

野球部のK君(私の嫌いなタイプ・チャラい)の写真がInstagramに載っていた。

彼はおしゃれに気を遣うほうで、その日のコーデもなかなか凝ったものだった。

以下、彼のコーデ。

 

どきつい色の柄シャツ。迷彩のショルダーバッグ。デザイン性の高いジャケット。

 

 

だ、ださい、、、

 

柄と柄がぶつかり合い、「柄が喧嘩してる」なんて表現はぬるいぬるい。

戦争だ。そこでは柄の戦争が起きていた。

 

 

そこでひとつ思ったのは、「彼は背伸びのしすぎではないか」ということ。

というのも、私の人生経験上、昔の自分をあとから振り返って「この頃はダサかったなぁ…」なんて思う瞬間というのは、往々にして「背伸びをしすぎていた時」だった。

 

念のため書いておくが、ここでの「背伸び」とは物理的なものでは無く精神的なもの。「無理をしてる」が類義語として当てはまるぞ。

 

個性派なおしゃれになりたい。もっと。今よりも。そんな気持ちが、彼に無理をさせた

 そして、おしゃれしているはずが「ダサい」の烙印を押されてしまった、というわけだ。

 

この理論から導き出されるのは、恐らく「まずは自分の背丈にあったおしゃれをする」あるいは「攻めるなら1つのアイテムに」というあたりだろうか。

 

K君が自らの過ちに気付くのはいつなんだろうか。

背伸びなんてしなくてもおしゃれにはなれるんだぜ。お兄さんからのエール。

 

 

 

 

すげえ関係ないけど文章の大きさガタガタなんだが。

不便だわ。