なめろうのひとりごと

日々のことを細々と綴るブログ

火事は怖いよね

 

 

この前の話、僕の家から200mくらい進んだところにある家が火事で全焼した。

 

燃えていた現場は見ていないけど、よく通る道なのでその家の残骸は毎日見ている。

 

 

骨組みだけを残して焼け落ちた家屋、黒焦げになった骨組み、生活をすべて焼き払い無に帰した空間。

僕はこの光景にグロテスクさを感じずにはいられない。

 

 

そこには生活の営みがあるはずだった。

そこには「人が生きている」という当たり前の事実があるはずだった。

 

でも、炎はそんなことなんてお構い無しに何もかもを燃やしていく。

それまでずっとあったものをたった一夜でなかったことにしてしまう。

 

 

火事から数週間経ったが、今でも焼け残った家の前を通ると、焦げた臭いと、それに混じって人の生活の臭いがする。

それがまたグロテスクさを醸す。嫌いな臭いだ。

 

 

余談だが、僕は人の血や臓物のような一般的なグロいものには抵抗がない。

しかし前述のとおり、黒焦げになった家にはグロテスクさを感じるし、他にも交通事故でぐしゃぐしゃになった車にも血の気が引くのを感じる。

 

きっとこれは「今まで形のあったものが壊される」ということが耐えられないからなのかもしれない。

 

 

将来そんなことが起きてしまわないように、注意深く生きます。

 

 

 

火事は怖い。

 

火の取り扱いには注意しようね。

 

 

ユニクロは「安くない」のか?

 

 

僕がユニクロでアルバイトをしているのは知人なら自明のことだろうが、売場で仕事をしていると時折お客さんがこう呟くのを耳にする。

 

 

ユニクロは安くないよね」

 

 

僕はこの言葉に対して一石を投じたい。

 

ユニクロは安い。安すぎるくらいだ。

 

ユニクロは安くない、そう思っているあなたは悪いがナンセンスだ。一生ファッションセンターしまむらにでも行けばいい。(アベイルも可)

 

 

ひとつだけ前置き。

この記事は「従業員のステマ」ではないことをご理解頂きたい。

なぜなら、理由があるから。

 

 

①縫製が丁寧

 

ユニクロの最たる特徴は品質の良さだろう。

その中でもユニクロの評価を高めているのは「縫製が丁寧」という部分だ。

 

もちろん人の作るものなので全ての製品が完璧な縫製と言うのは無理な話だが、それでも同価格帯の他ブランドと比較すると雲泥の差

僕は現在ほぼ毎日ユニクロの服を着ているが、今のところ使用していたら糸がほつれてきた!というものに遭遇したことがない。

 

しゅごい。

 

 

②素材の良さ

 

品質についてもうひとつ。僕はここを一番推したい。

ユニクロの服素材は、あの価格帯だと群を抜いている。

 

ユニクロと有名ブランドのルメールのコラボラインユニクロU」の「クルーネックTシャツ」をご存知だろうか?1000円で売っている。

 

今も店頭にたくさんあるから、一度触ってみてほしい。

あの肉厚でしっかりとした生地は、正直1000円で買える代物ではない。一体何があったんだ?

 

あとは、冬物の「エクストラファインメリノ」素材のニット各種。だいたい2~3000円くらい。

普通に置いてるからみんな気付いてないだろうけど、極細繊維で風合いの美しいメリノウールというのは本来ならばあの価格帯で製造が実現するのはおかしい。

 

https://fuku-labo.com/uniqlo-extrafinemerino-turtleneck

この記事を軽く見ていただければ分かると思うが、同じ素材で3万円するセーターにも引けを取らないのだ。

 

すばらしい。

 

 

③有名ブランドとのコラボが熱い

 

ユニクロは近年、他ブランドとのコラボに力を入れている。

最近のものであれば、前述したユニクロUのルメール」、「JWアンダーソン」「marimekko」「tomas maier」などが挙げられる。

調べてみれば分かると思うが、どのブランドも正規品を買うとなるとかなりお高いラグジュアリーなブランドだ。

 

そのブランドのデザイナーが手掛けた服をユニクロでは平均して3000円程度で買うことができる。

デザイン性を重視してややクセのあるものも多いが、このコラボ群のアイテムを使えば全身ユニクロでも一歩前に出られる。おすすめだ。

 

 

デザイナーにちゃんと給料払ってる?大丈夫??

 

 

 

まとめ

 

ユニクロがめちゃ安な理由

①縫製が丁寧

②素材の良さ

③有名ブランドとのコラボが熱い

 

 

 

 

いかがだっただろうか。

 

僕は、ユニクロの良さは「普遍性」だと思っている。

でもそれは「つまらない」ということではなくて。

 

ベーシックなアイテム、ベーシックなブランド。

決して奇抜じゃないけれど、その中でいかに攻めて自分らしさを作り上げるか、ということが楽しい。

 

店もちょっと探せば近場にすぐ見つかるし、どこでも手に入るという身近さも好きな要因のひとつだ。

 

 

もう「ユニクロはダサい」なんて言わせない。

ダサいと思うお前がいちばんダサいぜ。

 

 

あなたも素敵なユニクロライフを。では。

"持っている"人間です

 

f:id:NameLow:20180614164810j:image

おかげさまで、前回の記事で100記事になりました。ありがとうございます!

 

 

 

さて。

 

僕が生まれてから21年が経とうとしているが、その半生の中においての気付きで、ほぼ間違いなくいえることがある。

 

僕は他人よりも"持っている"人間である。

 

「持っている」というと、テレビのチャレンジ的な企画でプレッシャーを跳ね除けて成功を収めるジャニーズを思い浮かべる。

それはそれでシンプルにすごいことなんだけど、僕の場合は違う。ジャニーズじゃないし。

 

 

そんな僕の「持っているエピソード」をざっと紹介。

 

 

・小1のころ廊下で友達とけんかになって思わず突き飛ばしたら消火器の入った箱の角に友達の額が直撃(額超腫れてたけど出血しなかっただけマシ)

・小6のころ昼休みにひとりで校舎を散歩したのち、教室に戻ったら女子が女子のズボンを脱がすイタズラしてる現場に遭遇(ブスのパンツを見てしまった)(白)(アンラッキースケベ

・グラウンドでサッカーしていて、僕の放ったシュートが1年生の女の子の顔面に直撃(女の子大泣き)(蹴ったのが柔らかいゴムボールで本当によかった)

・小5、6、中1の3年間に1人ずつ別の女の子から告白される(ここ重要)(しかし他に好きな子がいたため全員振った)(モテ期)(今では見る影もない)(やかましいわ)

・中1のころ、前述のズボンを脱がすイタズラがクラス内で流行り、自分も仕掛けてみようと男友達にやったらパンツごといっちゃった(奇跡的に誰にも見られてなかった)

・なんかよくわからないけど2個上の女の先輩に気に入られて執拗に絡まれて本気で迷惑してた(マジで何者だったのあれ)(名前にインパクトがありすぎて卒業式の呼名で体育館がザワついた女)(あとブス)

・中2の自然旅行のキャンプファイヤーにて、女の子と手を繋げるという童貞には滅多にない嬉しい機会、フォークダンスの「オクラホマミキサー」始まる直前に人数合わせで女子の列にぶち込まれて延々と男の手を繋ぐ(死ね)

・中3のころ最後の総体のレギュラーを決める部内試合でその日に限って股関節が痛くてパフォーマンス低下、結果補欠(死ね)

・卒業前最後の席替え!仲良い女子と隣だったら楽しく過ごせそう😆→クラスでいちばんデブなブスと隣に(僕はこれを「ジョーカーを引いた」と表現)(あからさまに嫌な顔をしてしまったことは反省している)

・高校は第一志望に受かったが、内申書をよく見たら僕の持つ漢検とソロバンの記載が無かった(腐れポンコツ担任のミス)(友達は持ってない英検の記載があった)(親ガチ激怒で学校に抗議)まじで受かってよかった……

・高2の修学旅行にて、消灯後に部屋の中で僕ひとりが翌日の準備をして物音を立てていたら、その音に反応してやってきた先生に怒られた。しかし怒られたのは僕以外の3人という…(タイミング良くトイレに入ってた)(神回避)(高校の思い出でトップを争うおもしろ事件)

・自転車に乗って通学中、高2のころに1回、高3のころに2回カラスに襲われたことがある(高3のころに至っては週2で襲撃)

・高3のクラスが決まるクラス替えで、仲の良い4人組のうち僕だけが違うクラスに飛ばされた(修学旅行の事件と同じメンバーにおける1:3編成)(復讐でしょうか)

 

 

なんだこれ。前世になにしたんだよ。

あとは細かいもので、行こうとしてたご飯屋が定休日やらリニューアルやらで開いてないことがわりと多々あったり、自転車のサドルだけを盗まれたり。これくらいは普遍的ですよね、多分。

 

もちろんこれまでにいっぱい良いことも経験してきたはずだけど、思い返すとこういう面白かったり微妙な気持ちになった事案しか出てこないな。

ちなみにですが、先日はカフェでアイスコーヒーを買った直後に全部こぼした上、その日に自転車の鍵をなくしました。やったぜ。

 

正直、いくら「持っている」とは言っても、かなり不幸な事態に見舞われていることが多いような気がする。

それってつまりツイてない人間だ、って一言で言えてしまえるわけで。

 

でも一言で言うのは簡単だけど、考え方を変えると「他人にはなかなか経験できないことを経験できている」ってことで、客観的に見たら面白いし話のネタにもできるわけでさ。

カラスに週2回襲われる人なんてそうそう居ないじゃん??

それに事故で怪我をしたりとか重大な損失を被ったことはまだ無いし。

 

だから僕は僕について「持っている」と表現する。ツイてるとはお世辞にも言いがたいけど、ツイてないなんてそういう事態に見舞われたときぐらいしか思わないし、思いたくもないから。

 

なかなか良い人生を送ってると思います。人生最高!

 

 

なにか「持っているエピソード」がある方いたらぜひ教えてください。傷を舐め合いましょう。

 

今回はこの辺で。

では。

「羨ましい」をやめて幸せに生きよう

 

僕はもともとさほど他人に興味のないタイプで、友達のインスタなんかクソの毛ほども興味ないし、そのせいか新しく知り合った人も相当気が合わない限り仲良くなるまでには時間がかかる。

 

しかし、そんな僕にも「羨ましい」という感情は持ち合わせていて、大学生活が充実している奴とかバイトをしなくても金銭的に余裕のある奴とか、めちゃくちゃに嫉妬心を抱いていた。

同時に、うまくいかないことは環境のせいにした。どちらかというと恵まれていない側に立っていたのは確かだから。

自分の力じゃどうにもならないことに振り回されるのなんてたまったもんじゃない。まあそれは今も思ってる。

 

 

でも、やめた。

 

 

他人を羨ましく思うのをやめた。

環境のせいにするのをやめた。

 

 

「隣の芝生は青く見える」ことからはきっと誰も逃れられない。

お金をたくさん持ってる人も、モデルと付き合うイケメンも、事業で大成功して地位を得た人も。なにかしら悩みがあって、他人を羨ましく思って生きている。

もしかしたら、人生イージーモードで悩みなんて無さそうな橋本環奈も「ケツが汚い」って悩みを抱えているかもしれない。(ごめんなさい)

 

だから他人に羨ましいという気持ちを持ち嫉妬心を持つのってすごくすごく時間の無駄使いだなって。

環境のせいにするのも然り。キリがないもん。

 

そうやって叶わないことを考えているくらいなら、それがせめて自分の近いところに来るように努力すればいいし結果を出すのがいちばん手っ取り早いし、精神的にも良いはず。

環境だって同じ。今の環境に納得できていないのなら、せめて将来自分が理想とする環境に身を置けるような生き方をするのがいちばんスマートだ。

自分の力で、自分の力じゃどうにもならないことを減らしていく。時間はかかるけど無理じゃないよ。

 

もし橋本環奈がケツが汚いのが嫌なら、汚いケツに生んだ親を恨む前にケツの美容法を調べて実践すりゃいいし、どうにもなんないなら美容皮膚科にでも行けばいい。(ごめんなさい)

 

そしてこれは最近の持論「悩みのタネは秒で潰せば秒でハッピー」に関わってくるんだけど、今日の本旨からは逸れるからまた今度。

 

 

実際のところ「羨ましい」をやめたら格段に生きやすくなった。気持ちの浮き沈みが減った。

もちろんそんなにすぐ割り切れるものじゃないから他人を羨ましく思うことは時々あるけど。

 

もしこれを読んだあなたが他人への嫉妬心を抱くタイプなら、ぜひすっぱりとやめてみてほしい。今よりも穏やかに生きることができるはず。

 

そして、誰もが他人に何かしら「羨ましい」と思うと同時に誰もが他人から何かしら「羨ましい」と思われていることを覚えていてほしい。

それがたとえあなたにとって地味で普通で価値のないことでも、それを持たない誰かからしたら宝だ。

 

自分には何もない、なのに!って思うかもしれない。でも、何も持っていない人なんていないんだよ。気づいていないだけ。

実感がわかないと分からないだろうけど、あなたは間違いなく何かを持っている。自信を持っていい。

 

少しずつ少しずつ、明るく幸せに生きていけるように頑張っていきましょう。僕と一緒に。

「宙ぶらりん」を理解した

 

 

まずケツから言っておくべきことがあります。

今年度、大学を休学することにしました。

 

「転部試験を受けて転部したい」というのが主な理由だけど、詳しいことは私と会った時にでも聞いてください。今日はこのための記事じゃないんで。

 

 

さて、休学するということは「学校に行かない」ということなのは自明のことだ。

そして学生である身分の人間から「学校に行く」という単純なタスクを抜き去ると、何ができると思う?

 

答えは簡単。ニート」「フリーター」である。

 

学校の長期休暇中の大学生はそれにかなり近い存在だと思う。実際私も「休学したら春休みが延長される感覚なのかしらね」なんて思ったりしていた。

しかし今こうやって生活していると、感覚的にかなり違った。ひしひしと感じてしまった。

 

ああ、宙ぶらりんな生活ってこういうことか。と。

 

本を読んだり勉強をしてはいるけど、毎日「何もない日」を過ごしバイトをして生きている、というのはかなり不思議な感覚を得る。

社会の一部になれていないって表現が一番近いかもしれない。

 

すごく漠然とした世界の中にいるのを感じる。生活の主軸になるものが無くて、文字通り「宙ぶらりん」。

今までフリーターに対する「宙ぶらりんな生活」って言葉にピンときてなかったんだけど、意外と的を射た表現だった。

 

人は、学生なら学校を主軸に生きるし社会人なら仕事を主軸に生きている。その他の時間で、バイトなり勉強なり投資なり遊ぶなりしている。

いずれの場合もそれは社会的グループの中にいるということで、尚且つある程度そのグループから「勉強」「仕事」など何かを強いられている。だから、多少は何も考えていなくても最低限主軸を失うことはない。

 

一方で宙ぶらりんな人間は、学校だ会社だという社会的グループに属しておらず、誰かに何かを強いられることがない

何も考えていなかったら、学位を得ることもなければ仕事も存在せず餓死するだけになるだろう。

 

そこそこ壮絶な世界だと思う。

私は実家暮らしだから食べ物に困ることもないし生活のために働く必要もないけど、そのどちらも(またはどちらか、でも)ないフリーターの人はよく食いつないでいけてるなあと感じてしまう。自分には無理だ。

 

社会的グループに属さない以上、一層気を引き締めて生きていかないと。

 

親の扶養内というかなり甘えられる環境でなおかつたくさんの時間をもらっている状態って贅沢だよね。

 

インプット的な意味も絡めて、いろんな人といろんな話がしたいので、ご飯誘ってください。

(矛盾させたくないから遅くても終電で帰るぜ)

 

半年後の転部試験。無駄にできる日は、ない。

応援よろしく。

 

 

 

春の夜に何を思った

今日の昼間はまじで夏だった。春は死んだみたいだ。

しかし夜になると春は息を吹き返す。穏やかで気持ちの良い風が抜けていく。

 

そうだ、散歩でもしてみるか。

 

なんて思った私は、去年の夏に買ったお気に入りのバカ高いサンダルを履いて外に出てみることにした。このサンダル履くと気分が上がります。高いので。

 

普段外を出歩く時にはイヤホンを欠かさず持っていて音楽を聴いているんだけど、今日は持ってない。何もせずぷらぷら歩くのも悪くない。

周りがなんだかよく見えるし、発見が多い。

まあ発見といっても「あの車の日よけ、セリアで見たな…」くらいのもんだけど。

 

耳にイヤホンを挿すと、外界と自分が遮断される。比喩ではなく、実際に心を閉ざす。

だから歩いている時は前も横も関係なく、ただ「行き先とそこへの道」という概念しか存在しない。

まあそれもそれで悪くないけどね。

 

セイムスピノを買って食べた。

 

 

 

最近ランニングを始めた。始めたと言っても気張ってするようなものでもなく、週に数回。

健康維持とか実はコンプレックスのお尻を小さくしたいとかってあるけど、個人的に一番の理由は、未来に向かって走るために他ならないと思ってる。

 

高校時代は楽しかっただの、中学生からやり直したいだの、過去に目を向けて生きるのは本当にどうしようもない気持ちになるだけで、時間がもったいないよなあと思って。

だから、私は未来へ目を向けるためにひとつ悪い習慣を潰し、新しい習慣をつけることにした。

それに一番適しているのがランニングだなあ、と。ちなみに「悪い習慣」は○ナニーです。シコティッシュフォールド。

 

走るのはわりと悪くないよ。汗をかいて帰ってすぐ風呂に入ったらいつもよりも気持ちが良いし、寝付きも良いし。

 

だから私は走ります。未来へ向かって走る。

 

 

 

散歩の話のつもりが、気付いたらランニング始めてオナニー(もはや伏せ字もしない)やめたことの話になってしまった。それに今日走ってないしな。

まあいいです。

 

最後に、先週友人と久しぶりにバンドで曲を合わせて遊んだ帰り道に、ふと寂しくなった気持ちをクソポエムとして綴ってみたので見てやってください。べつに文学的でもなんでもないです。痛いやつと思われても仕方ない。

行き場のない言葉を供養させてくれ。

 

帰るときは、ひとりです。
どんなに笑っても、どんなに馬鹿しても、帰るときは、みんなひとり。
散り散りになって帰ってゆく。
寂しさを孕んだ夜の空気が、少しだけ私に寄り添ってくれるような気がした。
明日のことを考える。
また会えるだろう。そして帰るだろう。
世界はひとりだけじゃない。けど、ここはひとりの世界。

 

 

では。

 

お客様の中に心の震える音楽はいらっしゃいませんか

 

気付いたらギター始めて5年経ってた。正直下手すぎて5年って言いたくないどうもなめろうです。

 

近頃、いろんなバンドの曲を聴き漁ってます。

クリスチャンミュージックとやらを聴いてみたらジーザスジーザス言ってました。ゴスペルに近いのかなと思ったらそのバンドのサウンド凄くノリが良くてファンキーな感じ。意外性。

 

さて、そんな感じでわさわさと聴いてるわけだけど、

 

心が震える音楽に出会えなくなったなぁ…

 

なんて思うようになってしまった。

歳でしょうか。

 

一般的に人って好みの音楽は青春時代に決まるそうで、青春時代に好きになった音楽は人生を通してずっと好きなままで、大人になると新しい音楽を聴かなくなってくるらしい。

 

今のバンドシーンを見て「ロックは死んだ」とか言っちゃうおじさんとかがいい例だよね。

違う世代のおじさんたちによって何回ロックは殺されるのか。輪廻かよ。死んだのはあんたらの世代のロックスターのほうです。(寿命的な意味で)

 

まあ、それはそれとして。

 

ざっくりと言えば、

それって昔の感動が今のそれを上回ることが無くなった今の音楽を受容しづらくなってきているってことで、

それってつまり心の震える音楽に出会えなくなったってことで、

それってつまり当てはめると…

 

ワシやないかい。

 

早くもおじさんへの一歩を踏み出してしまったのだろうか。。

バンド単位ではまだ「これだ!」というものには出会えてないけど、最近になってシューゲイザーの良さにズブズブと嵌っていってるからセーフ。だよね。

 

これからも新しい音楽には定期的に触れていかなきゃなあ。

 

Led Zeppelinを聴かないとダメダメ〜‼️そんなんでギター弾いてるの❓❔

とか言っちゃう限界おじさんにはなりたくない。Twitter覗くとマジでいるから怖い。

 

 

最後に、私が心を震わせたバンドの曲を紹介させてもらおう。

目を通すだけでも。よければ聴いてみてください。

 

ギターを始めるきっかけはこの曲でした。

 

the pillows、世界でいちばん好きなバンド。いつ聴いても涙が出る。

 

泥臭い音楽の美しさ。最高にかっこいい。

 

Helsinki Lambda Clubは3年前にライブで観て一目惚れ。今でも大好き。

 

cinema staffの奇跡はほんと全てにおいて完成度が高い。以前は敬遠してたけど、この曲からcinema staff大好き人間と化した。

 

自分の好きになった音楽の軌跡を辿るのって面白いね。どいつもこいつも音楽性がバラバラすぎる。

 

これを読んでいるあなたも、こうやって振り返ってみると自分のルーツを辿るような気持ちになれて良いですよ。

 

あなたが心を震わせた音楽はなんですか?

 

なにか、人に聴かせたい!って感じたものがあったら是非コメント等で私にオススメしてください。聴く。私の心を震えさせてくれ。

 

ここのところ1000字以上書けるようになってきたのでいい感じだなあ。やっぱ春休みに引きこもりキメたのはよくなかった。

 

今日はこの辺で。

では。